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多読の科学——辞書を引かない方が伸びる理由

·AIで英語 編集部

シリーズ: 学習法エビデンス事典多読

辞書を引かずに読むのは、手抜きなのでしょうか。逆です。多読という方法では、辞書を引かないことが方法の一部として設計されています。理由は、読みの流暢性が「意味を止めずに文をたどり続ける」経験からしか育たないからです。1語ごとに引けば、その経験は毎回中断されます。 そのかわり条件がひとつ付きます。引かなくても筋がわかるほど易しい本を選ぶことです。多読が効く条件は、易しい・大量・自分で選ぶ、の3つです。

書店で買った洋書のペーパーバック。1ページ目に知らない単語が7つあり、全部引いたところで力尽きて、以来3年間、本棚の同じ位置にある——。読解力が足りないのだと思っていたかもしれません。この記事では、多読研究が示している効果と、「辞書を引かない」というルールが置かれている理由を解説し、本の選び方を紹介します。

多読が置いている原則

Day & Bamford (1998) は、第二言語の教室における多読の考え方を整理し、その原則を提示しました。読む材料は易しいこと、幅広い題材から大量に読むこと、学習者が自分で読むものを選ぶこと、読む目的は楽しみや情報を得ることであること、読むこと自体が報酬であること、読む速さは速めであること、辞書はめったに使わないこと。おおむね、こうした方向性です。

学校で習った読み方とは、ほとんど正反対に見えるはずです。精読は、1文を分解し、構造を確かめ、知らない語を調べて意味を確定させます。これは必要な訓練です。ただし、精読で鍛えられるのは分析の力であって、文をよどみなくたどる力ではありません。

多読が育てようとしているのは後者です。ページの上を目が進み、意味が遅れずについてくる状態。この状態は、その状態で過ごした時間の合計でしか伸びません。だから多読では、難しい本を1冊読むよりも、易しい本を何冊も読むほうが目的に合っています。

98%という数字が意味すること

「易しい」とは、どのくらい易しいのでしょうか。ここに参考になる数字があります。

Hu & Nation (2000) は、テキストの中の未知語の密度と読解の関係を調べ、支援なしで内容を理解するには、およそ98%程度の語が既知である必要があることを示唆しました。100語につき、知らない語が2語まで、という水準です。

この数字を、手元の本にあてはめてみてください。1ページはおよそ200〜300語です。98%なら、1ページの未知語は4語から6語程度。冒頭で例に挙げた「1ページに7語」は、実はかなり厳しい本だったことになります。読めなかったのは根気の問題ではなく、密度の問題でした。

Krashen (1985) は、習得を進めるのは理解可能なインプットであるという立場を示しました。意味がわかるからこそ、その中の言語形式が意味と結びつく。逆に言えば、意味がわからない量の文字を目で追っても、それは習得の材料になりにくいということです。同じ構図は音声にもあり、理解度の低い映像を浴び続けても伸びにくい理由もここにあります(字幕なしで映画を観るためのロードマップ)。

つまり、「易しすぎるのでは」と感じる本が、多読では正しい難度です。辞書なしで筋を追えて、少し物足りない。その感覚が目安になります。

辞書を引くと、何が失われるのか

ここまで来ると、辞書を引かないルールの理由が具体的になります。

読むという行為は、語を認識し、句にまとめ、文の意味を組み立て、前の文とつなげる、という処理が連続して走っている状態です。辞書を引くたびに、この連続が切れます。切れたあとは、文脈を組み立て直すところからやり直しになります。1ページに5回引けば、5回組み立て直しています。読んだ時間の多くが、中断からの復帰に使われている計算です。

もうひとつ、語彙の側からも理由があります。Nation (2013) は、語彙の習得において、同じ語に繰り返し出会うことの役割を論じています。1回引いて意味を書き留めた語より、易しい本の中で何度も遭遇した語のほうが、使える形で定着しやすい。多読は、この遭遇の回数を稼ぐための装置でもあります。

とはいえ、まったく引くなという話ではありません。現実的な線引きはこうです。その語がわからないと筋が追えなくなる、という語だけ引く。それ以外は飛ばす。読み終えたあとで、何度も出てきて気になった語を数語だけ拾って、間隔を空けて復習に回す(SRS(間隔反復)の記憶科学)。読んでいる最中と、あとの整理を分ける、ということです。

読めない自分を責める必要はありません。努力不足ではなく、本の難度という順番の問題でした。

「易しい」がどのくらいかを、知るところから

多読でいちばん難しいのは、実は読むことではなく、最初の1冊を選ぶことです。自分のレベルを高めに見積もると難しい本を選び、3年前の本棚が再現されます。低めに見積もると、そもそも手が伸びません。

「AIで英語」では、無料のレベル診断(約5分)から始められます。技能別の現在地がCEFRの尺度で示されるので、読む力がいまどのあたりにあるのかを、感覚ではなく目盛りで確認できます(CEFRとは何か)。そのうえで、弱点に合わせた毎日のメニューをAIが提案します。

距離を測ってから歩き出す。多読は、その一歩を軽くするための方法です。軽い一歩を何百回も重ねられることが、この方法のいちばんの取り柄です。


参考文献: Day, R. R., & Bamford, J. (1998). Extensive Reading in the Second Language Classroom. Cambridge University Press. / Hu, M., & Nation, P. (2000). Unknown vocabulary density and reading comprehension. Reading in a Foreign Language, 13(1), 403-430. / Krashen, S. (1985). The Input Hypothesis: Issues and Implications. Longman. / Nation, I. S. P. (2013). Learning Vocabulary in Another Language (2nd ed.). Cambridge University Press.

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